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2007年06月05日(火)更新
真面目にダラダラと・・・
『 先輩すごいですよ ・・・ 私がポップコーンこぼしてもねェ
細身のオシャレなホウキとチリトリを持ったお掃除専任のお兄さんが
瞬間にどこからかシュッと出てきて、腰も曲げんとスマートに掃き取って
ニッコリ笑って立ち去るんですよ~! ホンマ すごいわぁ・・・ 』
20数年前、華々しくオープンした、まだ大阪の人間には馴染みの薄かった
東京ディズニーランドへ、いち早く行ってきた好奇心旺盛な女子大生で
同窓会組織の一年後輩の“ヒサヨ”が興奮気味に教えてくれたその情報が
鮮明に強く印象に残っている。
その数年後就職で東京に住むことになり、東京ディズニーランドへは
仕事でもプライベートでも何度も足を運んだが、
チリ一つ落ちていない “清潔さ” は、もちろん今も続く。
“夢” を売るのが商売のテーマパークだ。
“清潔さ” をないがしろにして今の人気はあり得なかったの想像は易い。
江戸時代の有名な川柳である。
『 白河の清きに魚も棲みかねて
もとの濁りの田沼恋しき 』
目に見える範囲では、チリ一つ落ちていないそんなディズニーランドでも、
地下へ潜ると、轟音とどろくゴミ運搬用の地下通路が縦横無尽に走っている。
あまり知られていない園の構造だが・・・当然である。
分業で誰かが、裏で “キレイなだけではない” 部分を受け持つから
表舞台が “より華やかな舞台” として煌くのは当たり前の話なのだ。
キラビヤカなOSKの舞台公演の翌日は、山のようにゴミが出ない筈が無い。
世間から 『 非の打ち所の無い好人物 』 とか 『 聖人君子 』 とか、
尊敬と羨望を一身に受けるような人物の、身近な人や家族に接すると、
『 そんなことないんですよ~! 』 と、意外と “人間臭い” 部分が
漏れ聞こえてきてオモシロイ。
先週TV中継された華燭の典で、この世のものとは思えぬ美しさ・・・
神戸に舞い降りた天女のように映った “藤原紀香” でも、
二次会、三次会で飲み過ぎて、翌朝二日酔いで強烈な吐き気を
『ゲーゲー』 と、もよおしていないとも限らないのである。
人間なのだから当然なのだ・・・
江戸時代の川柳のように、だからホッとするのである。
人間は “キレイ” に見せたい表の部分と、
ズルさや残酷さ、汚さや冷徹さなどの誰にでもチョットはある筈の
“キレイではない” 人に見せたくない裏の部分とが
表裏一体となって初めて普通の “人間” として存在するのである。
“キレイ” な部分だけしかない無垢な天使然とした人も、
“キレイでない” 部分だけの不潔な極悪非道人も、
そんな偏ったロボットみたいな “生き物” は人間ではないのだ。
自らを 『 嫌な性格 』 『 残酷・冷徹の権化 』 と蔑むのも
自らを 『 雑念もなにも一切無いピュアな好人物 』 と崇めるのも
その自覚が本人にあるのなら、それは本人の勝手である。
『 対極に位置するものも必ずあるヨ! 』 と、教えてあげたいところでも
周囲からおせっかいに曲げる認識でもあるまい。
よって、 “完璧なるいい人” も “完璧なる嫌な人” も
世の中には、そう易々と存在するものでもないと考えると
人付き合いを前向きに、更には積極的に多くの人に接したくなる。
そして人付き合いが楽になる気がするのだ。
そう考える私は、(本性に近い?)結構真面目に、だけど結構テキトーに
つまり、
“真面目にダラダラと” 仕事もプライベートもこなす意識を置いている。
そんな風に肩の力は抜いてもいいんじゃなかろうか?
それこそが生活や仕事でつけるべき “緩急”
私の持論でもある “緊張と緩和” の必要性にも通じる気がするのだ。
でやろ・・・?
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成功の反対は決して失敗とは限らない
学びの経験として必ず後に生きる
勇敢にチャレンジする事が大切なのだ
そして成功か、学びの経験を着実に得ようではないか!
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