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2008年04月19日(土)更新
飛行機の思い出 【無資格操縦】
昨日の 【男の子の憧れ パイロット】 の続き・・・
(少々長くなるが、週末ということでご容赦を)
私自身の中ではギネス級の、キョーレツな飛行機の思い出がある。
四半世紀も前、21歳の頃の僕はカリフォルニアでホームステイした。
のちの阪神のバース似のホストファミリーの家長デールは
メリルリンチ社に勤めるエリート証券マンだ。
その彼が土曜の夕方、『 今から飛行機乗せたろか? 』 と私にウインクした。
『 ? ? ? 』 意味がわからない。
(今頃から飛行機でどこ行くねん!)
ていう意の眉間の皺を寄せて、私は両掌を上向けた。
『 計器定期試験フライト 』
証券マンの彼がテストフライト? 『 ? ? ? 』
( ほ~、大したもんやんかぁ・・・ さすがエリート
小型飛行機のライセンスでも持ってて、カイトにむき出しエンジンの
ライトプレーンか、ひょっとしたらセスナでも所有するんかも・・・)
・・・と、ちょっとワクワクして喜んでOKした。
私は、いそいそ出掛ける準備を完了したが、デールは一向に慌てない。
テレビを見ながら、ヒマワリか何かのシードをリスみたいにかじるばかりで、
とうとう家を出発するまでエンジ色のチェック柄のワークシャツとジーンズは
着替えないままだった。
足元を見ると、日本では便所のスリッパレベルのサンダル履き素足だ。
どう見てもセスナに乗せてくれそうな格好には見えないのだ。
アメリカではまだ出だしたばかりの、若草色のハッチバックのHONDAアコードで
到着したのは確かに郊外の低い管制塔の、いかにもローカル空港だった。
訳がわからないままあとをついて行くと、空港事務所のスタッフと急に真剣に
何やら細かい打ち合わせをしているようだったが15分もして
チェックシートらしきボードを小脇に抱え、耳にボールペンを差して
『 ほな行こか! 』 と私を誘う。
手入れのされていない草ぼうぼうの滑走路わきを暫らく歩いて
目の前に現れたのは・・・
エンジン付きカイトでもセスナでもなく、小さいとはいえ立派な旅客機だった。

(近くで見たら、ガムテープの補修があちこち見える)
『 へっ! これ? 』
『 そう! コレ乗せたる・・・ 』 というではないか。
『 誰が?』 と私。
『 俺が!』 と彼。
『 いつ?』 と私。
『 今から 』 と彼。
『 夜やで?』 と私。
『 夜間飛行 』 と彼。
筆談みたいな不思議な会話の後、(嘘やろ?)と半信半疑のまま
6~7段のちっちゃいタラップを使って乗り込んだ機内は14人乗りくらいの
グリコのオマケを100倍に拡大したような古くてチープな感じの旅客機だ。

(カーテンびろびろ、プレッツェル散乱、シートカバー無しの機内)
決まった田舎のローカル空港間だけを、行ったり来たりする
いわゆるシャトル便として運行されている小型プロペラ飛行機で
プレッツェルの食べ残しはあってもシートカバーも何も無い・・・
もちろん乗客も。
どうやら本当に、コイツで計器正常作動確認定期テスト飛行を決行するようだ。
いかにもデールの舎弟的な若い兄ちゃんが先にエンジンをかけて、
デールよりははるかにパイロットらしい身なりで右側の操縦席に座っていた。
握手をした私は、そのサンダル履きでない格好にやっと少し安堵を覚えた。
『ふふふ~~~ん』 デールは、鼻歌を鳴らしながら足を組み
サンダルをプラプラさせて、ボードにチェックマークを順につけ始めた。

(たぶんメッチャ アナログなんやろなぁ・・・ このコックピット)
そうか・・・ 離陸せんとエンジンだけ掛けて計器見よるんや!
“乗せたる” いうのは、“機内へ入れたる” いう意味なんか・・・ナルホド。
ところがやっぱり・・・ 違ごた。
私を、勝手に好きな客席に座らせて、プロペラ機のわりに荒々しく離陸した。
デールと舎弟は、機体が上昇し始めてすぐ、なにか合言葉でも復唱するように
ひとつひとつの計器を入念にチェックしていった。
オトロシかった! ほんまオトロシかった! (恐ろしいの最上級)
急旋回、急上昇、急降下を、何回も繰り返して計器をチェックしよる!
こんなんを “サーカス飛行” もしくは “アクロバット飛行” 言うんや~っ!
( もう堪忍してェ~~~~) 吐きそうになった。
デールは、たまに操縦席から客席の私に振り向いてニヤリと笑う。
(失神しとらんか確認しとんのやろか?)
・
・
・
やっとまともな水平飛行に戻った。
1時間くらいにも感じたテストがようやく終わったようだ。
デールの舎弟が、コックピットから私に手招きする。
『 んはぁ ? 』
私は強引に右側の操縦席へ座らされる。
私は強引に2点式シートベルトを装着される。
私は強引に防音ヘッドフォンもつけさせられる。

(前向きて!デール 前~っ!)
(嘘やろ?)
左の操縦席でデールは笑とるばかりだ。
その、いまこの瞬間命を預けているイチビリのデールが、
ビバリーヒルズ青春白書のディランみたいな軽いノリで
いかにもアメリカンジョーク的にこう言ったのだ。
『 計器チェックは終わったから操縦してみな!
いまからオマエがキャプテンだ・・・ んニャ
俺は疲れたからチョット寝るぜ! 』
そう言って、 『 機体の水平だけはここ見て保て! 』 と
目の前の一つの計器を指差した・・・

(これ見ながら水平を保つんだ・・・んニャ)
操縦指導はたったそれだけだ。
ちょっと待ってェなぁ・・・ なにイチビッてんのん?このオッサン!
デールは、もちろん薄目を開けて飛行に神経を尖らせてはいるのだろうが
演技で、私の左の操縦席で寝たふりをして寒いイビキまでかきはじめた。
もちろん操縦桿から手を離し、腕を組んでいるではないか・・・
こんなオンボロ飛行機に、どう考えても自動操縦装置など
あるはず無いと思うと、操縦桿を握る手はカッチカチに固まってもおかしくない。
舎弟は、(デール・・またやっとるヮ) の風情で、
客席で涼しい顔して座っている。
私は、極度の緊張と恐怖で操縦かんを引く事も押すことも、
左右に動かすことも全く出来ず、ただ全身に力が入ったまま
とにかく今の飛行姿勢を保とうと固まった。
私の感覚では、死を覚悟した恐怖のどん底の1時間くらいに感じたが、
実際に、私が一人で操縦桿を握ったのは僅か3分くらいだったのだろうか。
それでも、気球にさえ乗ったことの無い私が、本物の旅客機の水平飛行を
何分間かこの腕で支えたのは紛れも無い事実だ。
もっと大袈裟に言えば、私の操縦で大空を飛んだのだ!
その事実に、イチビリのデールにほうほうのていで操縦桿を戻してからも
足の震えは止まらなかった。
あまりの恐怖と緊張が解けず
デールが、どうやって着陸させたかは目をつむりっぱなしで覚えていないが、
生きて滑走路に足をついたときは、 “生還” の文字が頭を過ぎった。
えらい経験をさせてもろた・・・
もう時効だろうが、まぎれもなく完璧に無資格操縦だ。
なんぼ緩いアメリカでも、そんなことさせる操縦士はそうおらんやろ・・・
航空局にでもバレたら、デールのライセンスはぶっ飛ぶだろう。
管制官は気付いて目をつむってたのか?
そもそも夜間に、管制塔に管制官おったんやろか?
とにかく生きた心地はしなかった。
私の、まだ可愛らしかった嚢は、3分の1くらいの大きさに
縮みあがって暫らく戻らなかった。
いよいよアメリカを離れるとき、初日から私にあてがわれた部屋に
さりげなく立てかけてあり意味ありげに 『 ヒ・ミ・ツ だ 』 とデールが笑った
私の背丈ほどあるグニャリと曲がった手漕ぎボートのオールのような
異様な存在感を放つ金属の塊が何だったのかを最後にもう一度訊ねてみた。
『 デール・・・ところであの鉄の塊、いったい何やったん? 』
デールは、ニヤリと笑ってやっと白状した。
『 10年くらい前、オーバーランクラッシュして、
奇跡的に助かって、こないしてワシ生きとるんで、
検証の後、記念に貰ろて帰ってきてん・・・
・
・
そのときの事故機のプロペラ。 』
あの晩、それでもデールの操縦技量だけを信じて夜空を飛んだ私にとって
そんな漫画チックな顔面蒼白的悶絶事実を最後に聞かされた瞬間、
帰国直前の一大イベント “涙の別れ” の真っ最中であるにも拘らず
あの晩以来
再び3分の1に縮みあがった。
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成功の反対は決して失敗とは限らない
学びの経験として必ず後に生きる
勇敢にチャレンジする事が大切なのだ
そして成功か、学びの経験を着実に得ようではないか!
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