2009年03月31日(火)更新
『おい!これは君じゃないか!』(元祖天才愛妻家のCM雑感)
昔、本編上映前の映画館で観た、結婚10周年の旦那が妻に贈るプレゼント
いわゆる 【スゥィート・テン】 と称してダイヤモンドを贈る、ほのぼのとした広告を
『 俺にも、やがてそんな時がやってくるんやろなぁ・・・ 』
いつまでも歳を取らんつもりでいる僕は
ついこのあいだ、そんなことをぼんやり思い浮かべながら観ていたと思ったら
僕達夫婦は、来年結婚20周年を迎えることにあらためて気付きのけぞった。
ミドルクラスの乗用車や、カレーや、個人旅行なんかで
我々世代の夫婦をモデルにした色々な商品のテレビCMを、最近よく見る。
先日も、ヘアケア製品大手、WELLA(ウエラ)さんのコマーシャルを見て
まことに厚かましながら、CM夫婦のシチュエーションを僕達夫婦に置き換えて
エエ感じの感慨に浸っている自分は果たして本当の愛妻家なのだろうか?
2009年03月30日(月)更新
“大阪の味” と “大阪人のあじ”
ヤツはもうエエおっさんである。
東京の友人↑が久々に大阪へやってきて真っ先に “たこやき” を喰ったという。
『 おまえ!それ、卒業旅行で大阪へ乗り込んでガイドブック片手に
道頓堀の “大たこ” に並んで食べる、若い女の子のノリやで・・・ 』
ならば敢えて
『 大阪の味って何だい? 』 と聞かれたが、何と答えるのが正解なのだろう?
その逆質問に僕は窮して、絶句してしまったのだ。
庶民的なふぐや、鯨のはりはり鍋、船場の高級料亭の会席料理
鶴橋の焼肉、うどんすき、阪神デパチカのイカ焼き、箱寿司っちゅうのも
もひとつどれもしっくりこない。
2009年03月27日(金)更新
サムライブーム冷めやらず(社内告知)
え~と! サムライ ・ 侍 ・ さむらい ・ SAMURAI ・・・
ボケ~としていてWBCの宮崎キャンプあたりからやっと僕は動き出したが
飛行機がエアポケットに入ってストンと急降下するように
平面あるいは立体商標登録という拘束から不思議にストンとほどけた
鞄のネーミングやプリントロゴとして使えそうな “サムライ” が
万が一にも残っていないかと
夕陽丘にある発明協会大阪支部へ足を運んで登録と出願のチェックを始めても
そんなことは2大会連続優勝で大盛り上がりするまでの途中過程どころか
原監督が、『サムライJAPANと呼んでほしい』 と記者会見で発表した瞬間から
日本中の何万人もの、様々な業界の商売人が同じことを考えているだろうと
アホらしなって途中でやめた。
2009年03月26日(木)更新
席替え
学生生活では中学2年次の席替えが、なんちゅ~ても内心ドキドキもんだった。
(教壇に近いから少しでも学習効果が上がって嬉しい・・・) 僕にはあり得ない。
(イジメられているアイツから少しでも席を離れたい・・・) 僕にはあり得ない。
(級長は見通しの良い最後部席でクラス全体把握する・・・) 僕にはあり得ない。
(憧れのミチコちゃんの隣席を必死のパッチで確保する・・・) 僕にはあり得た。
・・・というよりも、大半の級友ならチョココルネとフルーツ牛乳で買収してでもの
先生ものけぞるほどの執念で一等席を確保できる調子のいいタイプだったが
前後期級長のSはめっぽう頭が固く、難儀なほど厳正なクジ引きの体制を敷いて
アホほど公明正大に、呆れるほど公正な席替えを、超厳粛に実施しやがるので
ついぞ僕は一度もミチコちゃんの隣の席を満喫出来ずまま3年に進級した。
2009年03月25日(水)更新
このブログ・・辞めるを止める3/25
唐突な申し出で、特に余計なご心配をお掛けした(アレッ?掛かってない?)
経会ブログ事務局の皆さんには 『 どっちやねん?節操のないこっちゃ!』 と
強くお叱りを受けそうだが、よう考えて辞めることを止めることにした。
ここのブログを辞めることなんか今の僕にはできそうにもない。
特に突出した理由があるわけではなかった。
僕のパソコンでマイドキュメントを開くと、仰々しく 【お別れ宣言】 と題した
この経営者会報ブログからの脱退を記した、僕らしくない寂しいご挨拶の文章が
エクセルのファイルで画面の右の隅っこのほうに申し訳無さそうに鎮座する。
今月に入ってから、えらい神妙に書いた文章だが、(明日は明日は)のつもりが
とうとう今日の今日まで投稿する勇気が湧かないまま3月25日を迎えた。
ホント瞬きした程度に早く感じるが
僕がここ経営者会報ブログに投稿を始めて今日25日で丸々3年が経過した。
2009年03月24日(火)更新
優勝の裏でWBC自体の行く末を杞憂
サムライジャパンが勝った! そして韓国の強さも際立った。
サイドブレーキを踏んだら映るトヨタ純正のテレビつきナビでの断片視聴ながら
なんとも表現のし様のない世界一決定決勝戦に相応しい素晴らしい試合だった。
この日迎えた日韓両チームの、間違いなく長く歴史に残るであろう戦いぶりは
このスポーツの正式名称を、アメリカ大陸の豪快な “BASE BALL” から
アジアの緻密な “YAKYU(野球)” へと替えて欲しいくらいの名勝負だった。
『 僕達はベンチでも、ずっと試合に出ていた・・・ 』
アジアラウンドからずっとスタメンを外れて、ベンチを暖めることの多かった
川崎選手のセリフも泣かせた。
興奮して感動して泣いて、暗い話題が続く日本にとっては万々歳のWBCだった。
2009年03月23日(月)更新
やっぱり豹変する前の“看板娘バージョン”でよろしぃですわ!
出身が東大阪市(河内)同士で歳も近い、吉本新喜劇の看板女優
未知やすえ姉さんは漫才から転向し、そこそこ売れてからの舞台では
昔から、いろんなお店の看板娘という、喜劇女優としては美味しい役柄が多い。
台本どおりに、多くのストーリーがいつもこんなパターンで展開する。
わかりやすい派手な衣装に身を包んだヤクザにスゴまれて可憐な看板娘は
はじめのうちはうつむき加減に首をすくめて、か細い声でほぼ無抵抗に
『 やめて・ク・ダ・サ・イ・・・ 』
・
(続いて少し声が大きくなって)
・
『 やめてくださいって言うてるでしょ! 』
2009年03月19日(木)更新
大阪人の早贄(はやにえ)
垂れ落ちる青鼻を袖で拭いながら、河内のガキどもが震え上がった。
『 こ・こ・・これ見てみィ・・・悪魔の仕業やでェ ギャァ~~っ゛! 』
秋になって奈良と県境の生駒の山に登って枯れ木を見上げて目を凝らすと
カナヘビやカエルが、下手なホラー映画より残酷に干からびた姿で枯れ枝に
喉元から口にかけて串刺しにされている光景に出くわして子供の頃は怖かった。


2009年03月18日(水)更新
【一問百答】〇〇な人が好きではありません。・・・ので
<質問>
経営者として、これから先、どのような人材を育てたいとお考えですか。
具体的な人物像を聞かせてください。
(明治大学商学部 村田潔教授)
村田先生、お変わりなく元気でにこやかにお過ごしでしょうか?
ご無沙汰しております、ここ【一問百答】での、“先生の教え子” ・・・
・・・いや!もとい “先生の教え中年” コクホーの庄山でございます。
北に対して融和姿勢で臨む(金大中、盧武鉉)政権が2代続いてきた韓国が
太陽政策一転、対北強硬路線を貫く李明博政権に変わったように大胆には
自分が経営する会社の後継者、あるいは主要な社員として
それまで(自分)とは全く方向性の異なった考え方や方針を鮮明にする者に
信頼を置いて経営を託す勇気は、どんな経営者にもなかなか湧きません。
2009年03月17日(火)更新
緊急機種変(暗証キーロック優先の謎)
女房も畳も携帯電話も、決して “新しモン好き” なほうではない。
約20年前までは営業マン必携ツールだったポケベルがいよいよ廃れて
被拘束感に違和感を覚えて最後まで抵抗しながらも僕がやっと手にしたのは
短い青柳ういろみたいな、野暮ったいデザインの機能も実にシンプルなPHSで
ケータイが主流になってからでも 『 別にィ・・特に不自由あれへんし~ 』 と
わけのわからん意地を張って結構最後の方までピッチ派を貫いたが
そんな僕でもPHS、mova、FOMAと、これまで何機種買い換えてきたことだろう。
(都合が悪くなると自ら通話遮断しPHSの基地局未整備のせいにしたことも?)
2009年03月13日(金)更新
【ちゃん・ちゃんWの法則理論】適用年齢幅拡大
関西で飴のことを “アメちゃん” と可愛く呼ぶのは女性に限ったことではない。
『 オレ、今朝起きたらメッチャ喉痛かってのぉ~・・・
ハッカの “アメちゃん” ねぶって学校行ったっちゅうねんっ! 』
ボンタン履いて剃り込み入れたやんちゃな河内の高校生でもそんな風に言った。
週頭、White Day な仕入れのために地下鉄で心斎橋へ向かっているときだ。
優先座席ではなかったが、ひとり森之宮から乗り込んできたパッと見70過ぎの
華奢な “オバちゃん” に、ごくごくフツーに席を譲った。
関西の達者な年寄は “おばあちゃん” なんて余分な “あ” を付けると怒るが
そのくせ席を譲られても辞退しないのが “おばあちゃんオバちゃん” の特徴だ。
『 兄ちゃん・・・ ホンマお~きになぁ
せやせや、兄ちゃん・・“オバちゃん” が “アメちゃん” あげるぅ・・ 』
大昔のドラマ 【ぼてじゃこ物語】 で、三田佳子さんが小道具で持ってはった
木製の持ち手が2本付いたアサリのオバケみたいな手提げ袋から飴を取り出し
敢えて自分のことを “オバちゃん” と呼びながら僕の手に二粒握らせてくれた。
2009年03月12日(木)更新
【ぬかる民】30年来の憧れの社長
日頃からご尊敬申し上げるここ経営者会報ブログ仲間の
古芝さんも、治部さんも、榊原さんも、井寄さんも、吉川さんも続々と登場する
仲間にとっては夢の豪華ラインナップで、当然いつも以上に親近感も湧き
急に柔らかい雑誌にも見え、とてつもなくいい勉強になった経営者会報3月号。

その号の巻頭の写真・・・もうお一人見覚えのあるお顔が懐かしかった。
( あっ!『千房』の中井社長や )
もちろん多くの経営者から尊敬を集める関西では特に有名な社長さんだが
僕にとっては、なんと高校生の頃から30年来の憧れの社長さんなのである。
先月、僕のデスクに経営者会報3月号が届いて貪るように読み始めた途端
僕の口は、一瞬にしてあの頃懐かしい甘酸っぱいソース味の口に変わった。
約30年前に、店で一度お見かけした程度なのに旧い恩師に再会した気分だ。
2009年03月11日(水)更新
“オレ流”にオレ流オン礼
月曜日のWBCアジアラウンド・・・韓国に惜敗して日本は2位通過である。
1番から9番バッターまで、所属チームに戻れば皆がクリーンアップを任せられる
そうそうたるスラッガーが侍JAPANにはズラッと豪華に揃っているのだから
『 まずはイチローに走らせてからだった! 』 とか
『 あそこは送りバントではなく中島に “打て” のサインだろう 』 とか。
後からなら誰でもいっぱしの野球評論家になれるのである。
8回裏イチロー選手がワンアウトからセンター前ヒットで出塁し球場は盛り上がり
二番打者中島選手に送りバントのサインを出すのも、侍ジャパンを任せられた
原監督の勇気の要る、責任ある采配なのだからここはやはり尊重すべきだ。
何の責任も無い外野が結果論でとやかく言う筋合いでもないと思うのだ。
2009年03月10日(火)更新
孫悟空のゴ(悟)
若い頃から新聞や雑誌は貪り読んだが、マンガはほとんど読まなかった。
【ドラゴンズ】のことなら、昭和49年8月19日の中日球場での阪神との20回戦
6回裏ワンアウト1塁から高木守道が打ったレフトへの逆転2ランホームランでも
ラジオ中継のノイズまで耳にまだまだ鮮明で、しっかり説明することもできるが
聞けば世界各国で4億冊近く売れたというマンガ、【ドラゴンボール】のことは
マンガ音痴の僕にはチンプンカンプンで、なんにも説明することが出来ない。
“悟りを開くほどの人間” には、最も縁遠いこの僕の下の名前は “悟” という。
その似合わん名前の “書き” を電話で伝えるときは
『 立心偏(りっしんべん)の右に五を書いて下に口の悟です 』 と説明する。
伝わらずまどろっこしいときは、『 孫悟空の“ゴ”(悟)です・・ 』と言ってしまうが
ここ二十数年は、中国の明の時代の小説【西遊記】の孫悟空を頭に浮かべて
悟の字を連想する人よりも、【ドラゴンボール】の主人公“悟空”を思い浮かべて
悟の字を理解してくれる人が、特に若い層では多いのではないかと思うほど
日本では多くのファンに親しまれ、読まれているメガヒットマンガなのだそうだ。
2009年03月06日(金)更新
今日の出会い(脱兎降車ならず)
ん~~~!まだ少し痛い気がする・・・
朝から新年度より営業職での採用内定者と二人で研修を兼ねて
ナンバから梅田へかけて、鞄を扱っている専門店・セレクトショップを中心に
流し歩いた市場調査で足が棒のようになったが、最後の最後に右肩を強打した。
内定者と別れた後、必ず何人かブラウン管でよく見る顔に出会うので楽しい
梅田茶屋町のMBS(毎日放送)さんにも用事があり立ち寄ったが
今日は漫才師“千鳥”の大悟君ぐらいしか知った顔には出会わなかった。
MBSさんに隣接する梅田ロフトで、私的な買い物を済ませ
帰社するため乗った地下鉄は、梅田から本町駅乗換えの
地下鉄中央線生駒行き車中だった。
だが、ここにもまだ今日の出会いがあった。
2009年03月05日(木)更新
やせがまん今昔
好きな女性のタイプを芸能人に例えたら誰?
そんな質問を受けたら、相手が知っていようがいまいが僕は中学生の頃から
ずっと 『 三木聖子! 』 と答えてきた。
のちに石川ひとみがカバーして大ヒットし、ユーミンもセルフカバーし、
2007年には徳永英明までアルバムでカバーするほどの名曲【♪まちぶせ】を
最初に歌ってシングルデビューした、アイドルっぽくない超キュートな歌手だ。
ポップスにもアイドルにも、中学校でも最も縁のなさそうなニキビ面の田〇君が
どこで手に入れたのか放課後三木聖子の生写真を僕に見せてタラタラ自慢した。
僕は本気で羨ましかった。
アンパン3個にフルーツ牛乳で簡単に買収できそうな色気の無いタイプだったが
自慢の仕方がやや挑発的だったのが悔しかった僕は
『 ふ~ん・・・ ええやん! 』 と
あまり興味が無さそうに演じて “やせがまん” した。
2009年03月04日(水)更新
100 A
100 A ・・・ もちろん直流100アンペアの電流ではない。
たいがい寒い真冬でも、僕のポリシーとして肌着は絶対に着けない。
言うに及ばずパッチ(モモヒキ?)なんて小学生の頃から履いたことがない。
『 寒っむう~っ! 社長・・・よう辛抱してはりまんなぁ!』
社員から半分呆れながらそう言われようが
『 俺は絶対着ん!』 と
僕は頑固に上下冬用下着の着用を拒絶する。
社長に就任して4回目の春を迎えたが毎冬その話題で1~2回、僕は胴をとる。
2009年03月03日(火)更新
媚びない献立
こんな小さな会社でも季節感や風習を重んじて、年に何度かはランチを揃える。
正月初出の日は、祝い膳弁当を頼んで社員全員でお神酒といっしょにいただき
節分には巻き寿司を丸かぶり、土用の丑の日は鰻弁当で精をつける。
僕の小学校時代の給食では、端午の節句に確かチマキが献立に載って
大喜びした記憶があるくらいで、あとは揚げたパンに粉砂糖がまぶしてあれば
喜んだ後、今日は何の日やった?と子供同士で顔を見合わせたものだ。
娘が間もなく地元の公立小学校を卒業する。
卒業アルバムの写真撮影はとうに済ませてあり
今は卒業文集に載せる作文の校正もおわり、清書に余念の無い時期のようだ。
2009年03月02日(月)更新
梅に鶯
大阪南部の山へ梅の花を観に行ってきた。

おにぎりの具は、なにをおいても梅が一番だという普段の僕の主張も
我が家の家紋が “丸に梅鉢” だという事実も、この話とは何の関連性も無い。
学生時代、友達の下宿で明け方まで無睡眠のナチュラルハイになって
“カス” と “猪鹿蝶” と “三光” の、どれでもすぐ上がれる状況まできて
唯一まだ猪と蝶の2枚しかGETしていない “タネ” の “梅に鶯” を
“カス” ではなく最悪の “平タンザク” で合わせて上がれず
直後に、すぐ僕のシモ手で5枚の “タンザク” で安く堅実に上がられて
唇を咬んで、何度も痺れた覚えがあるが、そんな上品でない思い出に反して
美しく調和するものの例えとして使われる “梅に鶯”。








